2010年06月23日

出世の条件:人の嫌がることができること

嫌なことができること。
これができるかどうかが、その人の価値を決めます。

嫌なこと
人がやりたがらない、とは、、、

めんどくさいこと
責任が重いこと
危険なこと
汚いこと
すぐにお金にならないこと


会社でいうと、こんなこと

細かい作業
考える仕事
続ける仕事
厳しい要求をする顧客の担当
休日出勤
裏方の仕事
責任の割に見返りの少ない
失敗の確率が高い新規事業
裏金
トイレの清掃
転勤


これらの仕事は多くの人がいやがります、
だから、これをやる人は、重宝されます。
 
これらの仕事をできる人が少ない、
だから、これをできる人は、必要とされます。

同僚から、顧客から、会社からも必要とされます。
そんな人は、ほっといても浮いてきます。水に沈めたピンポン玉のように。
そして世の中は、ほっとけません。


あの野口英世も、人の嫌がる仕事をやって世に認められた人です。
 
野口英世は、25歳の時に渡米しました。
当時は、米国でのガラガラ蛇の被害は大変大きいものでした。
でも、だれも手をつけようとはしませんでした。危ないですし、他にすぐに金になりそうなことがありますから。
そこで、わけのわからん東洋の若者に、「やらせておけ」となりました。
そして、
ガラガラ蛇の毒の血清を発見したことから「蛇毒のノグチ」「血清のノグチ」と言われるようになりました。


当たり前ですが、出世する人の条件は、
みんなが嫌がる仕事をやってきているかどうかです。
どの時代もかわりません。


jiyama at 15:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!組織 | 経営

2010年06月12日

成長するとはいくつもの自分を獲得すること

いくつもの自分を持ち、それを使い分けるというと
何か、打算的でこずるいような印象も持つ人がいるかもしれませんが、
そうではありませんね。

大人の社会では、
その使い分けができない人のことを
「空気が読めない人」と呼んだり、「無礼者」と評したりします。

顧客との飲み会で、学生時代の友人と話すようなネタを話せば、ヒンシュクをかいます。

上司に対して、親にものを述べるように「教わっていません」などといようものなら、評価は下がります。

協力会社との打ち合わせの場で、アイディアを出し合っている際に、口数はすくない。

顧客先でのプレゼンテーションで緊張しすぎて話せない。
 

その場面場面で、合致した自分を出せること。
自分を使い分けができること。

それが、大人の条件です。


社会に出る前に、それぞれの場面に対応できる自分を獲得しとくのがよい。
それでも、絶対的に経験不足なので、社会に出てもそのための勉強を続けることが必要となります。

そして、自分が成長し成果を出し、出世すればするほど、その世界は広がります。
 
会社の役員と話す、
取引と本気の議論、
海外で商談とホームパティーに参加

それに合わせて、勉強して次の自分を獲得する必要がでてきます。
 
成長するとは、いくつもの自分を獲得することです。


2010年06月11日

子供の「人見知り」は、生きるための力

子供の中には、
人前に出た時や初対面の人の前では、おじけついて一言も話せ無くなる子や泣き出す子がいます。
 
その横で、人前でも平気で話す子、
初対面の人の興味を示しよっていく子
 
時として、親はわが子と比べ、心配になったり、劣っていると感じる親がいます。
でも、こんな勝手な親の間違いはない。
 

人前で話せなくなること
初めての人の前で、人見知りする子は、「良い」といえます。
 
人前で話すことは、大人でも緊張します。
ある程度訓練された人でなければまともなことは話せません。
大人でも初めて会う人には、緊張もするし、いきなり自分をオープンにすることはありません。
 
ネズミがライオンに人見知りをするのは当たり前のことです、
ライオンに平気で話しかけると・・・・。
 
このようなことが子供のころからできるのですから、良いのです。
それどころか、そういう環境(状況)を感じられるだけ、優秀であると考えられます。

緊張する子、
不安な様子を見せる子、
そんな子は、観察能力や環境変化が解る子です。
この力は、社会では、間違いなく必要な能力。
これから、その子らは、
そう感じられたこと、その環境で、その時の自分の気持ちをどうコントロールし
どういう行動を取るべきか学ぶことができます。
 
 
また、きちんと育っていると考えて間違いない。
まっとうに育っているのです。
きちんと生きる力をもっているということですね。


2010年05月04日

ひとりひとりの部下や状況を観察し見極める力が必要になります

人は、自分が好きなことに対しては、自分ひとりで続けることができます。
人は、自分ができることに対しては、抵抗なく手をつけることができます。

でも、
自分が嫌いなことや
できないことに対しては、自分ひとりでは、手をつけることも続けることも難しくなります。


そんなときには、人に応援してほしくなるものです。


息子は、電車が大好きです。
電車については、どんなことでも我慢?、、、続けることできます。
鉄道ジャーナル(大人の本です)という雑誌を何時間も読んでいます。
また、算数は好きなようで、ガツガツやっています。

でも、音楽の宿題はなかなか手をつけようとしません。
応援がほしそうです。


人には、自分ひとりでできることと、
人の応援が必要なことがあるようです。

これは、大人でも同じです。

自信を持って、自分ひとりでも難なくとりくめることもあれば、
取り組むために、誰かの応援がほしくなることもあります。


営業面談は得意だけど、
プレゼンは未経験の営業マンに対し、

上司として
自信をもってできるだろう営業面談については、「任せる」
自信のないプレゼンについては、具体的に指示し、少しできたらほめる。

任せてもいいところと
具体的に指示すること
応援すること、
放任すること。

使い分ける基準はこうなります。
1.相手の自信ややる気の程度。
2.相手のその分野における習熟度。
3.置かれた状況・・・緊急事態は「自分はどう思う」でなく「これをやれ!」と具体的な指示をだす。

上司には、
いくつかのそのような指導や教育スタイルを持つことと、
ひとりひとりの部下や状況を観察し見極める力が必要になります。


2010年04月27日

教育や指導のスタイルというものは 本来、使い分けるもの

よく教育の相談を受けます。

「どのように部下を指導教育していけばいいか解らない」と
その悩みは、
「部下に対し、あれをやれ、これをやれとすべて指示していいものだろうか」
「部下に対し、よく「ほめて育てろ」や「コーチングをしろ」というが・・・」

自分の態度をどうすればいいのか、解らないと。


「相手次第」


私は自分の子供を連れて、よくプールに行きます。
(家族のなかでは、「やだスイミング」と呼ばれています。)

長男は、この春から小学4年生、
クロールで、どれだけでも泳ぐことができます。

長女は、小学1年生、
彼女もクロールで、ばりばり泳ぎます。
小学校に上がる前に、一日で25M×10本を泳ぎきっていました。

そんな彼らも、当然最初から泳げたわけではありません。
彼らは、よく頑張りました。溺れかけたことも、泣けちゃうときもありました。

そして、私も
彼らが、泳げるように
「こうしなさい」と指導したり、
「うまいねエ」とほめてみたり、しました。
・・
・・・・「指導」と「応援」を使い分ける。

子供は、気分屋です。
その日の彼らが、のりのりでやる気があるときは、「これをやってください」と指導し遠慮なく押しつけることができます。
それでも彼らは、やる気を失わずに続けます。

逆に、その日ののりが悪かったり、何かで自信を失っているときには、「お!、うまいね〜」と応援してやる必要があります。
また、難しいことをするときや、なかなかできるようにならないときには、失いそうになるやる気を応援してあげます。

また、
一人はバリバリでも、もう一人はいまいち、という日には、
別々のスタイルが必要になります。(アシュラマンのように(笑))

子供に何かを教えるときには、
ある程度、指導(断定)することも
ある程度、応援(受容)をすることも必要です。
どちらかだけではいけません。

「これは、こうしなさい」、
「ここはいけない」
と指導(断定)ばかりでも、


「お!上手にできているよ」
「いいぞ」
と、肯定(応援)ばかりでも、いけませんね。


使い分けなければいけませんね。

教育や指導のスタイルというものは、
本来、使い分けるものであるといえます。

相手次第

そうやって、自分自身の教育のスタイルを
そのときの相手の状況や取り組むことの難易度によって使い分けをする。

教育も、コミュニケーションの一部であると考えると、
「相手次第」
当たり前のことですが、ときとして、忘れてしまいます。

2010年04月23日

小さな「始めて」から始めてみる

私たちは、年をとってくると
「初めて」におっくうになってきます。

最近、新しい店にいっていない。
近所にできた異国料理の店にもチャレンジしなくなった。

数か月、新しい服をかっていない。

興味が沸いても、その分野の本を手にとっていない。
レンタルをする映画はいつも同じようなもの。

新しいものを始める、
新しいことに挑戦する、
これは 、習慣、
「新しいものを選ぶ」という習慣。

逆に、
「新しいものを選ばない」という習慣も。

普段から小さい「初めて」を選んでいるからこそ、大きな初めてが選択できる。
 
小さな挑戦の積み上げが、大きな変化をつくる。


小さな「始めて」から始めてみる。
小さな「初めて」を積み上げる。

新しい店に行く
新しい服を買う
新しいジャンルの映画を観る
職場の入った新人と話す
新しい知識を得る
 
そんな毎日が自分を変える


2010年04月21日

始まりはそんなものなのです

何かを始めようとするときがあります。

その「初めて(始めて)」とは、自分には経験がないこと。

だから、初めてというのですが(笑)、
そこで、いろいろ考えてしまいます。

「うまくいくだろうか」
「自分にできるだろうか」
「やるだけの価値があるのだろうか」
 

そんなときに、こんな本を読んでみると元気が出ます。
この本は、息子の誕生日に妻のお姉さまから送られた本です。
彼のお気に入りの一冊です。


21世紀こども百科 もののはじまり館

21世紀こども百科 もののはじまり館

地球の始まりから、インスタントラーメン、サッカーまで、
始まりばかりが載っています。

その始まりをみると、共通しているということがあります。

それは、
『未熟』であること。(笑)
電車好きの彼と一緒に、電車の始まりを見て
二人で大笑いをしました。
最初の蒸気機関車は樽と煙突だけ、
いまのN700系の美しい姿とはずいぶん違います。

でも、その始まりがあったこそ、
いまのN700系も新型のE5系もあるのです。
 
 
始まりはそんなものなのです。
最初からうまくいくことも、うまくできる人もいません。

始めてみる
何かを始めてみる、
いろいろ考えずに始めてみる。

始めてみると、見えるものがあります。
始めてみて初めて、得るものがあります。

始まりがあるから、次がある。


2010年04月13日

心が筋肉痛になるほど(笑)の毎日を送りたいものです

脳は、筋肉です。

私たちの筋肉(体)は、鍛えなければ強くなりません。
逆に、使わなければ衰えます。

頭も同じです
頭も、鍛えなければ強くなりません。
頭も、使わなければ衰えます。
心も同じで、鍛えることができます。
 

子供は、体育や部活動で体を鍛え
算数や国語で頭を鍛え、
集団生活を通じ、心を鍛えております。
 
私たちも負けておれませんね。
 
頭が熱を持つほど使える毎日、
心が筋肉痛になるほど(笑)の毎日を送りたいものです。
 
彼らとともに頑張ろう。


2010年03月26日

その担当分野(仕事)を広げ、今後も「人」よりも「機械」を雇い続けるでしょう

企業は、
その担当分野(仕事)を広げ、今後も「人」よりも「機械」を雇い続けるでしょう。

その理由は、コストの面もありますが、他にも大きなものがあります。


それは、

「人」を雇うことは、いろいろ面倒なことが多い、多すぎる

ということです。


特に、最近では雇用についてのトラブルが多くあります。

解雇の問題
残業の未払い
有給休暇の扱い

法的な面でも労働者側の権利は強く守られるようになってきました、
また、労働者は、それらの知識もインターネットで簡単に手に入れられるようになり、主張できるようになりました。

そして、新聞やインターネット上の相談コーナーでは、専門家の先生が簡単に
まるで、労使の争いをあおるように、「不当解雇だ!」「監督署に相談を」とアドバイスをします。
(合法であると考えられるものまでも「企業が悪い!」と書いているものがあります)

そして、
信頼で成り立つパートナーである会社と労働者が、
契約で成り立つ取引先(下手したら敵対)という位置付けになっています。

いままで企業は、「パートナー」「お互い様」「一緒によくしていこう」というスタンスで人を雇ってきました。
それが、気づくと「監督署から電話が・・・」という状態になっていました。


そこで、企業も考えます、
『機械でできるものは機械でやろう
・・・・文句も言わないし。』


そうして機械はより重宝されていきます。

また、機械化は無理でも、
「自社で正社員を雇うよりは、派遣にしよう。」
また、
「パートで行こう」
そして、
正社員とは「わりきった付き合いをしよう」となります。


その結果が今です、

利益は、人件費でなく、機械を買う費用に、
正社員でなく、非正規社員化でも仕事が出来るように仕組みをつくり、
正社員に残業代や有給休暇を与える代わりに、給与は最低限に設定する。


jiyama at 08:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!経営 

2010年03月11日

縄文式土器と弥生式土器、どっちが好き?

弥生式土器縄文式土器













http://ja.wikipedia.org/ より


縄文式土器が好きか
弥生式土器が好きか
 
 
効率的で、使いやすいものはどちらか?
 
それは弥生式土器ですね。
 
 
では、どっちが趣きがあるかときかれれば、

縄文式土器。


多くの人が縄文式土器のほうが好きといいます。 

でも
 
私たちの周囲には、弥生式土器であふれています。
 
 
 
 
効率ばかりが求めれる現在、
効率が少しでもよくなることに価値がある
 
 
効率のよいお皿
・・・洗うのが楽
・・・全部おかずがのせれる
・・・食洗機に入る(笑)
 

 
手間なこと、
手間を楽しむ
そこに、楽(らく)はありませんが、心が満たされるものがあります。

今週末は、食器棚の奥のほうにある縄文式土器で、家族でごはんを食べようと思います。